タイトル ：葛飾柴又
柴又駅前に風変わりな男が立っていた
背広姿に雪駄履きで大きなトランクを持っている
懐かしそうに周りを見渡しながらゆっくり歩き出し
駅から続く石畳の参道を進む
参道の両脇には土産物屋や食べ物屋が並んでいる
しばらく行くと老舗の団子屋があり 男の足はその前で止まった
店の中を覗う様子であったが 人の気配を感じると
慌てて顔を隠すように立ち去った
参道の行き着くところは帝釈天だ 男は丁寧にお参りした後
堂内に上がり込み 中庭に作られている庭園を眺めながら一休みした
小一時間もしたところでお寺を出て 江戸川の渡しに向かう
渡しの船頭が話しかけるが 黙ったままで応えることはなかった
大きく深呼吸したと思ったら 急にもと来た道を足早に戻り始める
帝釈天を通り過ぎ 参道を通り抜け 駅前広場へ
そこで男の足がぴたっと止まり 参道を振り返る
「さくら 達者でな」 小さな目は涙で潤んでいた
（東京 葛飾区柴又にて）
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